バラは赤、スミレは青
ベッドに寝転び、メッセージを送る。
〈Langa:こんばんは。今、話せる? 時間あるときに電話してくれる? 俺はいつでも大丈夫だから。待っている〉
メッセージを送信して、一分も待たずに通話の着信音が鳴った。
「愛抱夢?」
——「こんばんは、ランガくん」
「まだ東京だよね。大丈夫なの? 無理していない?」
——「何も問題ないよ。今は、プライベートタイムだからね」
「よかった」
——「何かあったの?」
「ん、大したことではないんだ。バカバカしいことだってわかっているんだけど」
——「話してごらん。だって、君、僕に宥めて欲しい、もしくは慰めて欲しかったんだろう?」
「そうなのかな。くだらないって気分害したりしない?」
——「何であれ、君が僕に何かを求めてくれるのは、とても嬉しい。だから話して」
「今日、バレンタインデーだったから、シャドウの花屋に行ったんだ。それで、小さな赤いバラのブーケを買ったんだ。母さんに。もちろんあなたが東京でなければあなたにも買っていた」
——「嬉しいな。それは僕も同じだよ。バレンタインのバラは直接手渡さないとね。だから断念して別の日に埋め合わせしようと思っているんだ」
「ありがとう。それでね、父さんが生きていたときは、毎年バレンタインには、母さんに赤いバラとプレゼントを手に家に帰ってきた。今は父さんいないから俺が母さんに買ってあげようと思ったんだ」
——「君はお母さん思いの優しい子だね」
「父さん、俺にも赤いハート型カードを毎年のバレンタインデーにくれたんだ。ものではなくて、こういうことをしようという約束のメッセージが書かれた、俺を楽しませるためのイベント企画だったんだ」
——「君が本当にお父さんっ子だったって、よくわかる。そんなエピソードを聞くとね」
「でも、最後にくれたカードの約束は守ってくれないまま、父さん死んで。それが悲しくて悔しくて、カードは捨ててしまった。見れば辛いばかりだし。でも俺、なんで捨てたんだろうって。父さんがくれたものなのに、大切な思い出なのに。今更後悔している。……ごめん、こんな話をして。あなたには何も関係ないのに。何かを言って欲しかったわけじゃないんだ。ただ誰かに聞いて欲しくて。だから忘れて。ごめんなさい」
——「捨ててよかったんだよ。お父さんも、もう叶えることのできない約束を君に引きずっては欲しくないんだと思うよ。それより新しく楽しいことを見つけてくれることを願っている。きっとね」
「そうなのかな」
——「では、君は、どんな楽しいことを見つけたのかな?」
「スケート!」
——「それなら、お父さんは喜んでいるよ。……僕は、そんな君が羨ましいよ」
その声はどこか寂しげで、はっとして息を呑んだ。そうだった。この人は……。
細かいことを聞いてはいない。でも、なんとなく伝わってきてしまった。愛抱夢と彼の父親との関係が。
「ごめん、愛抱夢。俺自分のことばかりで」
——「気にしなくていいよ」
「それより、愛抱夢。Happy Valentine's Day!」
——「Roses are red, violets are blue, maple syrup is sweet, and so are you. I want you for my Valentine. What should I do?(バラは赤、スミレは青、メープルシロップは甘く、そして君もね。バレンタインには君が欲しい。どうしたらいいんだろう?)」
「I want you too. But I don't know what to do.(俺もあなたが欲しい。でもどうすればいいのかわからない)」
——「本当はね、今すぐ君のところへ飛んでいきたい。君をこの腕に朝まで抱いていたい」
「俺は、あなたの頭を撫でてギュッと抱きしめたい」
——「頭を撫でる?」
「なんとなく」
——「ふふふ。まあいい。少しは気が晴れた?」
「そうだね。ありがとう、話を聞いてくれて。なんかスッキリした」
——「どういたしまして。それより、週末には沖縄に帰る。時間をつくるから会おう。会って遅れたバレンタインを一晩たっぷり祝おう」
「うん」
——「さて、もう寝る時間だろう。おやすみのキスを君の唇にするよ。目を閉じて」
「わかった」
——「チュッ」
電話から聞こえるリップ音は、とんでもなく淫靡に響き、ゾクリとした。思わず自分の唇を指の腹でなぞる。しっとりと柔らかい彼の唇の、あの熱と弾力が蘇った。
ああ、心臓がドキドキとうるさい。愛抱夢に聞こえてたりしないだろうか。
——「どうしたの? ランガくん?」
「なんでもないよ。週末あなたに会えるの、とても楽しみにしている」
——「僕もだよ。おやすみ、ランガくん。良い夢を」
「おやすみなさい。愛抱夢」
部屋の明かりを落とし、穏やかな安らぎに包まれランガは目を閉じた。自分を抱く彼の腕を感じながら。
了