愛し愛されること

「あなたと俺って、何なの?」

 ふたりだけのために開けたクレイジーロックからの帰り、立ち寄った公園の高台からふたり並んで首里の夜景を眺めていたときのことだった。

「いきなりどうしたの?」

「昨日、暦の誘い断ったんだ。先にあなたとの約束が決まっているって説明した。そうしたら……あなたと俺の関係について訊かれた」


 それは赤毛がランガを遊びに誘ったところから始まったという。


「なあランガ。俺、明日午後の予定がキャンセルになって暇になったんだ。だからさ滑りに行こーぜ。パーク行ってさぁ」

「ごめん、暦。明日は先約がある。もう少し早く言ってくれれば空けておいたんだけど」

「そっか、残念だけど、こっちも急だったしな。でも珍しいな。お前が俺の誘い断るなんて初めてじゃね?」

「そうだね。いつも断られるの俺だったしね」

「悪りぃ。家族親戚イベント多いんだ」

「暦の家、大家族なんだから仕方ないよ」

「お袋さんとの用事か?」

「違うよ。愛抱夢に誘われたんだ」

「へ? どこ行って何するんだよ、あいつなんかと」

「スケートはすると思うけど、他は分からない。俺をびっくりさせたいみたいで、いつも教えてくれない」

「いつも? って、あいつとそんなにしょっちゅう会っていたのか?」

「そこまで多くはないと思うけど、予定が入っていなければ。断る理由もないし。暦も今度一緒にどう?」

「嫌だよ。俺あいつのこと苦手だし。ってゆーか、あいつが俺のこと嫌いだろう」

「そんなことないと思うけど」

「まさかだけど、お前ら付き合っているのか?」

「誘われたとき都合悪くなければ付き合うのは、暦と同じだよ」

「そーゆー意味じゃない。『結婚前提でお付き合いしてくださーい』みたいな感じで告白でもされて、交際が始まったのかなって」

「何それ? 意味わからない」

「自分で言っといて、何言ってんのか俺もよくわかんねーけど。えーと、こ、恋人みたいな特別なカンケーっていうか」

「違うと思うけど」

「ランガが違うと思っていても、あいつがどう思っているかわかんねーだろ? 変なことされたりしていないか?」

「変なこと? 愛抱夢は俺が嫌がるようなことはしないよ」

「それならいいけどさ」 「暦は心配しすぎだよ」

「とにかく一応用心はしておけよ。あいつ変態っぽいし。お前、ぼーっとしていて鈍いから不安だよ」

「わかった」


 大体の流れは理解した。あの赤毛は人のことを何だと思っているのか。まるで変質者扱いだ。妙な警戒心をランガに植え付けないで欲しい。それでも、彼はそれなりに親友のことを気にかけているのだろう。ならば当然の心配かとも思う。

 自分もランガも、今の関係に明確な名称をつけることに興味はなかった。確かに恋人とは言えないだろう。かといって、ただの友人とかスケート仲間だと主張するには無理がある。

「僕たち、こうしてふたりきりで会えば抱き合って、キスもするよね」

「うん」

「そのことを知れば、赤毛くんだけじゃなくて、他の人も皆、僕たちのことを恋人同士だと思っても不思議ないよ」

「そうなんだ。俺は〈Dating〉なんだと思っていた」

 ランガはぼんやりとした口調で、それでも少し眉を寄せた。

 〈Dating〉……つまり、恋人関係になれるかどうかのお試し期間だ。告白文化のないカナダなら普通の発想だ。

 日本では、それが恋人同士と見られてしまう可能性の意識はなかったようだ。

「ここは日本だよ」

「そうだった。父さんと母さんもそれで少し揉めたって話を聞いたことがある。母さんは正式な交際だと思っていたけど父さんは〈Dating〉だったって。日本では告白から始まって真面目な交際になるって母さんに言われて、告白からやり直させられたって父さん笑っていた」

 〈Dating〉期間は、日本でいうところの二股、三股で色々な人とデートして自然とそのうちひとりと恋人関係になるなんてこともある。まあそれでトラブルになる話は留学中に見てきた。アジア系の女の子が欧州から留学してきた男といい関係になって、女の子は恋人だと信じていたのに、二股かけられたって泣いていたのだが、もちろん男に悪気はない。

「君は迂闊だな。そんな調子だと、なし崩し的に恋人認定されてしまうよ」

「俺さ、恋人なんて一生自分とは関係ないことだと思っていたんだ。誰かを特別に好きになったりなんて想像できなかったし。今でもピンときていない」

「僕は君を愛しているよ」

「知っているよ。あなたはいつもそう言っているから」

 薄い反応はいつものことだが、その声に苛立ちが内包しているような気がして思わず振り向いた。

「不満?」

 首を回した彼の視線とぶつかった。

「俺、あなたの言う〈愛〉がよくわからない」

「わからないって?」

「あなたは今まで何人ものスケーターに『愛している』とか『愛してあげる』とか言ってきたよね。スケートは愛の儀式で、あなたが潰したスケーターのことだって、みんな愛していたんだって。実也がトーナメントで滑ったとき、あなたに何を言われたか話したんだ。暦と実也はそれをネタに盛り上がっていて、ジョーとチェリーは『あいつはロマンティストなだけだ。気にするな』って。あれはフォローだったのかな」

 ランガは赤毛と実也が盛り上がった会話の具体的な内容については触れなかった。この子なりに気を遣ったのだろう。もっとも大方の想像はつく。雑魚が言う陰口など気にはしない。それでも、ランガがそれを聞いていたのかと思うと、感情は揺れ心がざわつく。「嫉妬しているのかな?」と茶化して精神安定を保ちたくなるが、それは悪手だ。

 それもこれも自分で蒔いた種だ。

 今まで愛を語ったスケーターたちは何人もいる。それは本当の愛ではなかったのか、といえばそんなことはない。真面目に愛していたと断言できる。そう、彼らのスケートを愛していたのは間違いない。

 さて、どう伝えたらいいものか。愛抱夢、こと愛之介にとっての愛し愛されること。

「僕は子供のころから、多くの人、特に神道家の人たちから愛されてきたんだ。僕が愛されてきたのは、僕が優秀で負けることなく勝ち続けてきたからだ。なので負けた僕をあの人たちは愛さないだろうね。勝たなければ誰からも愛されない」

 愛されるということは、自分が優秀であること、勝利の証明でしかない。敗者ならば愛されない。勝者であることは神道家の子供として存在を許される最低限のことだった。他者から愛されることに特別な感慨など持ちようがない。当たり前のことでしかなかったのだ。

「そんなはずない。父さんと母さんが俺のこと愛してくれたのは、勝ったからじゃない」

 ランガは大真面目に否定してきた。

「君の育った環境は健全だったようだ。君もお父さんやお母さんを愛していただろう?」

「うん」ランガは頷いた。

「でも僕は違う。僕を愛してくれた人たちを愛したことなんて一度もない。あとね、僕が愛したスケーターたちから、愛されたいと思ったこともない」

「どうして?」

「僕は愛されるより愛したいタイプだって前に話しただろう? それが誰であろうと、たとえ自分が愛した相手であっても、愛して欲しいなんて発想が、もともとないんだ」

 相思相愛など望みはしない。羨ましいとも思わなかった。自分の欲望のまま一方的に愛せばそれで済んだ。相手の気持ちを思いやる理由など欠片もなかった。

 今なら理解している。それがどれほど身勝手な愛なのか。

「俺のこともそうなの?」

 ランガの肩を掴み、真正面で向き合った。

「君は特別。愛されたい……初めてそう思えた。それを望んでいる」

「俺は……」

 彼の唇に人差し指を押し付け、続く言葉を遮った。

「愛がなんだかわからない、って言いたいんだろう?」

 彼はコクリと頷いた。

「実は、僕もよくわからない」

 ランガは数回瞬きをして、困惑を隠せず口をへの字に曲げた。

「何それ? 散々、愛について話してきて、俺のことも愛しているって、わかっていないのに言っていたの?」

「ははは……。さっきまで普通に理解していたつもりなんだけど、段々わからなくなってきた。けれど君と一緒なら答えが見つかりそうだ」

「なんか、はぐらかされた気がする」

 ぐいっとランガの身体を胸に引き寄せた。

「そんなつもりはないよ」

 しなやかな肢体を腕の中に閉じ込め、その少年らしい弾力をこっそり楽しんだ。まだ大人として完成する前の未熟さの残る筋肉だ。胸に布地越しの心地よい温度が伝わってくる。熱く込み上げてくる愛しさに、こんな感情もこの子に出会って初めて知ったなと思う。

 このぬくもりだけは手放さない。

 力を込め抱きしめれば、ランガが身じろいだ。

「俺、どうしたらいい?」

「自然体でいいよ。ランガくんらしく感じるままに振る舞えばいい。僕は変わることなく君を求めるだけだ。君が僕を嫌がらないでいてくれる限りはね。それは僕のわがままでしかないのだろう。それでも、やめる気は無いんだ。大丈夫かな?」

「大丈夫」

 即答だった。迷いを感じさせないその一言に何よりも救われた。

 ランガは能動的に動くタイプの子ではない。拒絶さえされなければ、今はそれで十分だ。

 いつか、ありのままの自分を愛して欲しい。そんな大それたことを願ってしまうことを、もう止められなかった。

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